「できるかな? より、ワクワクドキドキ」——コロナ禍の弁当販売から6年。日吉の商店街に4店舗目が生まれるまで【開業準備編】

DOCUMENTARY EP.01

密着ドキュメンタリー本編(約23分)。YouTubeで見る

日吉の商店街の一角に、元パスタバルの居抜き物件がある。8月のオープンに向けて、これから工事が始まる。手がけるのは、この街を中心に3店舗を営むマルエ株式会社代表・江川広樹さん。4店舗目にして初めての、1階路面・角地の物件だ。まだ前の店の厨房機材が残る空間で、開業前夜の胸の内を聞いた。

目次

6年で4店舗。始まりはコロナ禍の弁当販売だった

1店舗目のオープンは2020年。世の中が止まったあの春だった。

「4月にはお弁当販売から始めて、営業できるかできないかが怪しくなっていく中で、6月にグランドオープンしました」

10坪の小さな店を、ほぼ一人で回した。仕入れ、仕込み、調理、接客、そして家に帰ってから経理と振込。ワンオペの日々が教えてくれたのは、料理の腕でも根性論でもなく、もっと現実的なことだった。

「1軒の店を一人でやって、売り上げはこんなもんだよな、と。病気になったら店を閉めなきゃいけない。子供の入学式も運動会も行けない。店優先になって、気持ちの余裕がなくなっていくのをすごく感じた」

「仲間とチームを作らないと、やりたいことが頭に生まれてきても、行動に移すことができない」

だから仲間探しから始めた。店を閉める日曜日には、アートや花、ファッションと食をクロスさせた1DAYイベントを打ち続けた。作家を呼び、コーヒー屋を呼び、クラフトビールを注いだ。コロナで時間のできた地元の人たちが集まり、渋谷や横浜からも人が来た。「面白いことやってるね」——その輪の中から、次の店を期待する声が生まれていった。

取材に答えるマルエ株式会社代表・江川広樹さん

店を作ることは、街を作ること

3店舗を軌道に乗せた頃、江川さんは東京進出を真剣に考えていた。渋谷や横浜のターミナル駅で勝負する同業者は、売上でダブルスコアをつけてくる。だが、半年考えて、やめた。

「人口は多いけど、ビジネスすぎるなと。最初にやっていた、お客さんと一緒に釣りに行って、釣ってきた魚を店でさばいて食べてもらう。初めて来た人が『えっ、お客さんと釣りに行ったんですか? 僕も行きたい』ってつながっていく。その原点を思い出したんです」

「店を作ることによって、街づくりができる。それを自分の中で忘れちゃってたんだよね」

日吉は、川崎へも横浜へも渋谷へも、およそ20分。大きな商圏のちょうど真ん中にある。綱島、大倉山、武蔵小杉——この街を中心に商圏を少しずつ広げていく。東京で勝つことより、街で選ばれ続けることを選んだ。

大手と競り合った、商店街の角地

物件の話が来たのは5月の頭。6月の第1週には、もう決まっていた。

築年数が浅く、居抜きで、1階路面で、角地。しかも商店街の真ん中。「そんな物件、ないよね」と本人も笑う条件だ。当然、手を挙げたのは江川さんだけではなく、中には大手企業もいた。

「熱い気持ちをオーナーさんに伝えようと思って、しっかりとした文書を送ったんです。不動産屋さんも推してくださって、うちに決まった」

資本力では勝てない相手に、6年間この街でやってきた実績と言葉で勝った。

日吉を逆さにすると「吉日」

新しい店は、ハイクラスな料理をリーズナブルに楽しめる居酒屋になる。洋風の居抜き空間に、和のメニュー。既存店で培った要素を、器やグラスの見せ方でクロスさせる構想だ。

内装プランを説明する江川さん

主役は火。炭と、薪と、藁。

「炭を焚いておいて、焚き付け用の薪を入れると瞬時に燃える。油分が多いから炭の香りが立つんです。仕上げにその香りをつけて焼き上げる」

新店の主役となる炭焼き台

藁焼きに使う藁は、日吉の農家と一緒に育てた小麦のものを使う構想だという。チームで畑に入り、収穫した小麦でフォカッチャを焼き、残った藁で火を起こす。地産地消をスローガンではなく、チームの営みとしてやろうとしている。

「酒場には焼き鳥でしょ。親鳥がすごく好きなんですよ。コリコリした食感で、ハイボールでもビールでも最高」

店名は「佳日(かじつ)」。日吉をひっくり返すと「吉日」——いい日。その響きを持つ文学的な言葉に、マルエ株式会社という木をみんなで育てて実った「果実」を重ねた。この街で実らせた店、という名前だ。

6割で開ける

5月に物件、8月にオープン。無謀にも聞こえるスピードには、明快な哲学がある。

「どんなにスピード感のある、力のある会社でも、繁盛店を作るには1年はかかると思う。だから開けるのが早ければ早いほどいい」

「めちゃくちゃ準備して準備万端で、というより、まず6割で開ける。メニューも店作りも、3店舗やってきてラインは見えているから」

不安はないのかと聞くと、こう返ってきた。

「やってみなきゃわからないことばかりだけど、みんなで店を始めるときって、できるかな? じゃなくて、ワクワクドキドキしながらなんだよね。——ダメだったら閉めればいいでしょ。判断は早い方がいい」

そう笑う人の目は、まったく閉める気のない人の目だった。

店舗情報

店名佳日(かじつ)
場所日吉の商店街(オープン時に公開)
業態居酒屋(炭・薪・藁焼き)
オープン2026年8月予定

取材後記

まだ何もないはずの店内で、動線の話、椅子の脚を切って再利用する話、ベンチシートの造作の話が止まらなかった。「何もない空間」は、この人の頭の中ではとっくに完成しているのだと思う。次回は工事完了・プレオープン直前にお邪魔します。

飲食のトビラでは、開業に密着させていただける店舗を募集しています。詳しくは取材のご依頼へ。

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この記事を書いた人

studio GREEN 代表。飲食店の開業に密着するYouTubeドキュメンタリー「飲食のトビラ」を運営。撮影・編集・記事もぜんぶ自分でやっています。取材のご依頼はお気軽に。

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